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バンダジェフスキー博士 3/16仙台講演会 

バンダジェフスキー博士の講演会での内容をまとめてくださった方がいるので、こちらに転載。

バンダジェフスキー博士仙台講演会 2012年年3月16日より転載

管理人が独自に「これは注目すべき点」と思った箇所に色をつけています。

バンダジェフスキー氏はチェルノブイリ事故後、汚染被害のひどかったベラルーシで医療に携わってきた医師。国から派遣されて赴任したが、はじめてチェルノブイリ入りした時の雰囲気と、仙台に降り立った時の雰囲気の類似をまず感じたとのこと。

ベラルーシ、ウクライナなどの旧ソ連西部はチェルノブイリ事故で甚大な被害を受けたが、その後の調査 で60年代頃から継続的に放射能汚染があったことが分かっている。社会主義国家の情報統制の下、隠されてきた原発事故、核実験の影響だといわれているが、 詳細は謎が多いままである。

ウクライナ北部-ベラルーシ南部においては、60年代後半の時点で既に、牛乳のセシウム汚染が深刻化しており、最大値で37000bq/lの汚染があったことが分かっている。これらのことはチェルノ事故後欧米の積極的な調査により明らかになったことである。

1950年代からの出生率と死亡率の推移を集めた統計によると、90年代に死亡率が出生率を上回り、どんどん増加しており、ベラルーシは人口が減少の一途をたどっている。

チェルノブイリ事故でもっとも被害が甚大だとされたベラルーシのゴメリ州・ベトカ地区 では1000人中死亡者が30人の現状。

その死因のうち52.7%は心血管疾患、次いで癌が13.8%、多臓器の不全等が以下に続く。

ベラルーシでの心血管疾患は現在も増加。虚血性心疾患発症率の調査では、10万人中もっとも発症率が多いのがベラルーシで、`93-`94の1年間で 145人。2位ロシア、3位エストニア、4位リトアニア、5位ウクライナ…となり、チェルノブイリ事故との関連性、因果関係が認められている。

北欧諸国やドイツは事故後すぐに非常に厳しい放射能対策をとってきたため、その結果が反映され、10万人中35人程度の発症となっている。事故後初め て放射性物質を観測し世界に発表したのも北欧で、国の対応による国民の健康への影響がいかに大きいかを見てとれる。

福島の事故については、世界的に情報量が不足しており、海外の専門家も詳しい実情を把握できていない状況。実際に現在原子炉の中で何が起きているのかがほとんど知られておらず、そのため予測的経験的な話になる。

現在ベラルーシでは10万人あたりの甲状腺癌の発症率は200人。当初癌の発生には数10年を要すると考えられていたが、実際には90年からぐっと増加し、99年にさらに急激に増加。現在ではその原因が放射能によるものであると、ヨーロッパでは認定されている。

現在の研究で、当初の予想より癌の発症が早かった理由として、チェルノブイリ事故以前から20年にわたり 同地域が汚染されつづけてきた、そのセシウム汚染が蓄積していた土台があり、そこにチェルノブイリ事故による放射性ヨウ素汚染が重なったことが原因ではないかと推測されている。

日本ではこのような汚染の実態がなかったとみられるため(福島以前)、癌の発生がここまで早くなるかどうかは疑問。(筆者註 福島では現在も放射能が放出しており、ヨウ素も検出されていることからチェルノとは事情が違うことは要注意)

臓器にたまったセシウムを計測したグラフでは、もっともたまりやすい器官から順に、甲状腺、心筋、骨格筋、小腸、膵臓、脳と続く。子供の臓器には大人の3倍-4倍ものセシウムが蓄積する。

チェルノ時に発覚したように、これまでに隠ぺいされてきた事故は必ずあるはずで、日本においてもその可能性は免れない。

したがって事故以前の汚染と事故以降の被ばくによる複合被曝の危険性はゼロとは言えず、体内にどのくらいの放射性物質が存在しているのか、定期的に検査しながら生き方を考えていく必要がある。

以下に45bq/kgの汚染を受けたラットの臓器データを挙げる。

45bq/kgでは、細胞中のミトコンドリアがほぼ原形をとどめないほどにダメージを受け、酵素活性が半分以下に落ちて体力の著しい低下がみられる。実際に同程度の汚染があった人間の臓器でも同様の事が起きている。その他、筋繊維断裂、筋肉間浮 腫、びまん性心筋細胞溶解などの症状。

45bq/kgとは、ある程度の汚染地帯に住んでいる人にはよくみられる程度の汚染。一般に体内汚染が5bq/kgの場合、15%に心電図異常が生じてくる。12-25bq/kgでは60%に異常。30bq/kg以上になると代謝異常が生じ、心筋に顕著な影響が起こってくる。

100bq/kgではほぼ100%で心臓に異常が出る。放射能原因による死者のうち、99%に何らかの心筋障害があらわれる結果となっている。

体内が放射能に一定程度汚染されると、多臓器に影響が出るが、中でも腎臓への影響は看過できない。腎臓が汚染されることにより、体内から放射性物質を排出する力そのものが弱くなり、体内への放射性物質の蓄積が深刻化してくる。

長く汚染地帯に住み続けている人の多くは腎不全を発症するとされている。このように、セシウムが体内にとどまることで、全身に深刻な影響が出る。

放射能の影響と考えないと、説明できないような事象がおこってくる。そのほか、セシウムを取り込むことによって免疫力の低下、中枢神経の破壊、ホルモンバランスの崩れなどが起こり、また、同時多発的に臓器の不全が起こり、突然死として現れるケースも多い。

おおむね、体内のセシウム量が25-30bq/kg程度に達すると様々な症状が表面化してくる。50bq/kgになると重篤な症状になる。これは放射能対策を考える上で非常に重要で、特に内部被曝の脅威を甘く見ることだけは絶対に避けなければならない。


次回へ続く。

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バンダジェフスキー博士「セシウムは甲状腺にも影響」 

バンダジェフスキー博士は現在、日本全国を周って講演会をしています。
沖縄にも訪れ講演会をしています。

直接、会場に行けた方のみが講演会で博士の見解を聞くことができます。

が、すでにバンダジェフスキー博士が出している見解や、ネットにて伝えられてる情報などを見ることで、大筋のことがわかります。本ブログでも記事別にまとめていきます。管理人の勉強も兼ねて。

以下は、バンダジェフスキー博士の言葉。

「セシウムは甲状腺にも蓄積する」

沖縄での講演でも、セシウムが甲状腺にも蓄積する旨を話したそう。

このことは、博士の著書「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」にも示されています。

ユーリ・バンダジェフスキー博士の著書:
「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」

それによると、博士が死亡した子どもの、臓器別にセシウム濃度を調べた時に、格段に高かったのが甲状腺への影響でした。

また、甲状腺だけでなく、心臓への影響についてもバンダジェフスキー博士は語っています。心臓への影響の博士の見解は、また別記事にてまとめます。

バンダジェフスキー博士って誰? 

バンダジェフスキー博士は、ベラルーシ出身の医師であり、病理解剖学者、ゴメリ医科大学初代学長でもあります。

チェルノブイリ原発事故の影響を調べるために、被曝した人体や動物の病理解剖を行い、体内臓器のセシウム137などの放射性同位元素を測定する研究を行う。

また、日本語訳されたバンダジェフスキー博士の本が最近出版もされています。

放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響:
チェルノブイリ・原発事故被曝の病理データ


以下はウィキペディアより部分引用。

1957年1月9日にベラルーシ(Belarus)フロドナ州(Grodno)で生まれた。

1978年、小児科医ガリーナ・バンダジェフスキーと結婚。

1980年、国立フロドナ医科大学卒業、臨床研修を終え病理解剖学専門家となる。

1989年、ベラルーシの中央科学研究所所長に就任。ベラルーシコムソモール賞、アルバート・シュバイツァーのゴールドメダル、ポーランド医学アカデミーのゴールドスターを授与される。

1990年、ゴメリ医科大学を創設、初代学長・病理学部長を務める 。

ゴメリ医科大学では1986年のチェルノブイリ原発事故以来、セシウム137の人体への影響を明らかにするために、被曝して死亡した患者の病理解剖と臓器別の放射線測定や、放射能汚染地域住民の大規模な健康調査、汚染食料を用いた動物飼育実験、などの研究に取り組む。

この研究は、セシウムなどの放射性同位元素が体内に取り込まれたときの現象と病理学的プロセスを解明するとともに、旧ソ連時代からの放射線防護基準を改訂することに寄与した。

ゴメリ医科大学ではバンダジェフスキーの指導のもと、30の博士論文が作成され、200篇の文献が作成された。研究成果は、定期的にベラルーシ国内の新聞、ラジオ、テレビ、および国会で報告されていた。


ところが、バンダジェフスキー博士は1999年、ベラルーシ政府当局により、ゴメリ医科大学の受験者の家族から賄賂を受け取った容疑で逮捕・拘留されてしまいました。何ら証拠もない、冤罪による逮捕です。

ベラルーシの独裁体制は非常に厳しいもので、「欧州最後の独裁国」などとも言われています。バンダジェフスキー博士の研究が邪魔になるから投獄したのでしょう。

以下再び引用。

バンダジェフスキーの弁護士は、警察によって強要された2人の証言以外に何ら証拠がないと無罪を主張したが、2001年6月18日、裁判で求刑9年・懲役8年の実刑判決を受けた。

大学副学長のウラジミール・ラブコフ(Vladimir Ravkov)も8年の実刑を受けている。この裁判は政治的意図による冤罪だとして、海外の多くの人権保護団体がベラルーシ政府に抗議した。

国際的な人権保護団体であるアムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)は、「バンダジェフスキー博士の有罪判決は、博士のチェルノブイリ原発事故における医学研究と、被曝したゴメリ住民への対応に対するベラルーシ政府への批判に関連していると広く信じられている。」と発表。

実際にバンダジェフスキーの逮捕は彼がセシウムの医学的影響に関する研究論文を発表した直後に行われ、WHOが2001年6月4日にキエフで開催したチェルノブイリ原発事故による人体への影響に関する国際シンポジウムへの出席も不可能となった。この経緯はスイスTVの特集番組「Nuclear Controvesy(核論争)」で取り上げられた。

ベラルーシ政府は『(チェルノブイリ原発事故による)放射線は人体の健康にほとんど影響しない』という見解を現在でも堅持しており、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領(1994年より独裁体制)は「ベラルーシ国内農地の4分の1が放射能汚染を理由に放置されていることは認めがたいとして、バンダジェフスキーが逮捕された1999年に原発事故以来人々が避難していた汚染地への再入植を施政方針とした。

2001年1月13日、獄中からワシリー・ネステレンコ博士を通じてベラルーシ市民にあてた手紙[12]  を発表し、自らの無実と共に、過去10年間ゴメリ医大で国からの援助や資金を受けずにセシウムの健康への影響を解明する研究に取り組んできたこと、自分の逮捕と収監によって結果的にゴメリ医科大学の研究活動が停止されたことへの遺憾を表明した。当時のゴメリ州の1999年の死亡率は出生率の1.6倍であり、国家存亡の危機にあると訴え、チェルノブイリ原発事故によって汚染された地域に、病理学と放射線防護の研究に関する国際独立科学センターを設立することを呼びかけた[13]。

バンダジェフスキーの投獄に対する国際世論の高まりに押される形で、刑期途中の2005年8月5日に釈放されたが、5か月間はベラルーシから退去することを禁じられた。

その後、フランスの クレルモンフェラン(Clermont-Ferrand)市長から招聘され、現地の大学や病院で研究や治療に携わった。クレルモンフェラン市は1977年からゴメリ市と姉妹都市の関係にある。

フランスでは、環境保護NGOであるクリラッド(放射能調査および情報提供の独立委員会 CRIIRAD:Commission de recherche et d'information indépendantes sur la radioactivité)の学術指導を行い、また自身の研究をサポートされている。

現在、ベラルーシを国外追放となり、ウクライナ・キエフ州のイヴァンキブ(Ivankiv)中央病院に勤務している。




日本同様の厳しい情報統制が敷かれていることがうかがわれます。
また別記事で、バンダジェフスキー博士の業績や見解などを記していきます。

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